Columnコラム

ARVI 航空気象サービス > コラム > 気象コラム > 安全運航と気象 〜空港の気象特性・低層ウインドシア

安全運航と気象 〜空港の気象特性・低層ウインドシア

今年、近畿地方で3年ぶりに「春一番」が吹いたと話題になりました。以前は春一番と聞くと「春がきた!」と浮いた気持ちになっていましたが、実際は船舶の遭難につながる風を知らせる意味があると知ってからは、海の安全が気になる言葉になりました。
風に関して言えば、飛行機にとって厄介なのは風向・風速の大きな変化です。これを気象では「ウインドシア」と呼んでいます。ARVI コラム3月では「低層ウインドシア」の研究をされている気象のプロ・桜美林大学 航空・マネジメント学群 助教・藤田友香さんにお話を伺います。

写真提供:桜美林大学

藤田友香さん

立正大学大学院地球環境科学研究科を修了後、民間気象会社に入社。気象予報部で予報業務に携わり、2011年から4年間NHK鳥取放送局で気象キャスターとして夕方のニュース番組に出演。2016年に航空会社に入社し運航支援業務を担当。気象予報士、運航管理者等の資格を保有。

―― 乱気流の研究の経緯について教えてください

静岡空港で「ある特定の風」が吹く時、滑走路30に着陸直前の低い高度で急激な風の変化により、着陸をやり直す事例が多いという報告があり、これは気象に関連していると思い本研究に取り組むことになりました。
下の図のように飛行機が着陸する際、通常は黄色のラインのようにゆっくり高度を下ろして着陸します。飛行機は、翼に風を受けて発生する揚力によって飛んでいるため、風の変化が大きいと赤のラインのように沈み込んだり、逆に浮いたりしてしまい、不安定な状態になってしまいます。

(資料提供:桜美林大学 藤田助教)

着陸直前は地面が近いことから、ウインドシアに遭遇すると、急降下して地面に叩きつけられるように降りてしまうことがあり、最悪の場合は事故になるおそれがあります。
このため飛行機には、ウインドシアを事前に察知して警報を出すシステムがあり、警報が出たら着陸をやり直すことで安全を確保しています。
着陸をやり直すとなるとパイロットの作業負荷(ワークロード)が増えますし、燃料もその分多く使うことになります。搭載する燃料は、もちろんある程度は見越して用意してありますが、燃料を多く搭載すると飛行機が重くなり、燃費が悪くなってしまいます。つまり、毎回多くの燃料を搭載すると、余分なコストがかかってしまうことになります。

こうした事態を避けるには、ウインドシアの発生を事前に知ることができるのが理想です。パイロットの心構えや燃料の見極めなど、早い段階で対策を講じることが可能になります。燃料に関しては、適切な量を搭載することがコスト削減に繋がります。そこで事前にウインドシアを知るために、なぜ発生しているかを調査する目的で、この研究がスタートしました。

調査にあたり、まずはパイロットに経験談をヒアリングしました。その内容をまとめると、特定の風向きで一定の風速以上の条件で、特に滑走路30へ着陸直前に風の変化が大きいことや時期などについて傾向が見えてきました。地形を見ると着陸直前の風上側に小さな山があり、その影響で風が乱れやすい可能性があるのではないか、という仮説を立てることができました。この仮説を実証するには観測データを取って見てみることが必要になります。
低層ウインドシアが発生するメカニズムを知るために、まずウインドシアが起きやすい特定の風が吹く気象現象のパターンを調査し、そこに地形がどのように影響しているのかを実際に低層ウインドシアが発生している時に風を観測して解明することにしました。

(資料提供:桜美林大学 藤田助教)

今回はエアラインにご協力いただき、飛行中に機体が観測している気温や風などのデータを使わせて頂けることになりました。具体的な研究方法としては、まず低層ウインドシア警報を発した(=発生した)日をピックアップしデータを見て、どのような気象状態の時なのかをチェックします。
発生する気象状態が掴めてきたら、次に地形の影響を評価するため、その気象状態の日にドップラーライダーで風を観測して、どの地形によって風が乱れているのかを特定していきます。こうして低層ウインドシアの発生メカニズムを解明し、ウインドシア予報を作成して実運航に役立てることができたら、と考えています。

現在(2021年3月取材時)までにわかっていることとしては、低層ウインドシア発生時の気圧配置パターンが見えてきました。天気図には表れない小さな前線などを示す「シアライン」と呼ばれる現象の通過後や寒冷前線が影響しているケースがほとんどで、それぞれの現象によってウインドシアに遭遇する高度が違うということもわかってきました。

(資料提供:桜美林大学 藤田助教)

―― 日本は山あり谷あり、狭い土地に多くの凸凹が存在しますので、こうした現象はどんな空港でも発生すると考えてよいのでしょうか?

そうですね、周辺の地形が複雑な空港だと起きやすいと言えます。例えば鹿児島空港や那覇空港の東風などは、地表付近の気流が乱れることで有名です。
こうした空港による気象特性については、ベテランになればなるほど、パイロットは経験値として自分の中に持っていると思います。

風を起こすのは気象ですが、地形がそれを変化させていると言えます。風が山を越えた時に、山の風下側で上下にバウンドして波打つように吹く風に変えられることがあり、これがいわゆる「山岳波(さんがくは)」と呼ばれるものです。バウンドの上に向かう部分は上昇気流になって雲が発生することがあり、富士山で有名な「吊るし雲」として観測されることもあります。雲が出れば風の流れを見ることができますが、出ない場合はわからずに乱れた風の中に入ってしまって、飛行機が強く揺れることもあります。


凸凹の滑り台を降りるような感じでしょうか。風は見えない分、そんなところを運航するのは想像しただけで大変そうです。早く実用化されると良いですね。藤田さん、ありがとうございました。

取材協力:桜美林大学・藤田友香さん(桜美林大学 航空・マネジメント学群)